大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)27号 判決

原告

大阪三惠株式会社

右訴訟代理人

三山峻司

被告

河村商事株式会社

右訴訟代理人

藤本博光

吉武賢次

藤本真子

神谷巌

右被告訴訟代理人

猪股清

四名補佐人弁理士

西村輝男

主文

一  被告は、別紙目録(二)記載の標章を、別紙目録(七)・(八)表示の態様で使用したマフラーを販売してはならない。

二  被告は原告に対し、金一四〇万円及びこれに対する昭和五八年一月一八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、「POPEYE」の文字を使用した別紙目録(二)、(三)記載の各標章を附したマフラーを販売してはならない。

2  被告は、原告に対し、金三五〇万円及びこれに対する昭和五八年一月一八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  1、2項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁〈省略〉

第二  請求原因

一  原告は、繊維製品の製造・卸販売を業とし、次の商標権(以下「本件商標権」といい、その登録にかかる商標を「本件商標」という)を有する。

登録番号 第五三六九九二号

登録商標 別紙目録(一)記載のとおり

登録出願 昭和三三年六月二六日(商願昭三三―一七九五七)

出願公告 同年一〇月二〇日(商標出願公告昭三三―一六六九六)

登録 昭和三四年六月一二日

指定商品 第三六類「被服、手巾、釦紐及び装身用ピンの類」

更新登録の出願 昭和五三年一二月一五日(出願番号五三―二五五三二〇)

更新登録をすべき旨の査定

昭和五四年六月二二日

二  被告は、現に、別紙目録(二)、(三)記載の各標章(以下、それぞれ「乙標章」、「丙標章」といい、あわせて「被告標章」という)を附したマフラー(以下「被告商品」という)を販売している。

三  乙、丙各標章は、以下のとおり、いずれも本件商標に類似する。

1  本件商標の構成は次のとおりである。

本件商標は、「POPEYE」の文字を上部に、「ポパイ」の文字を下部にそれぞれ横書きし、右各文字の中間に、水兵帽をかぶり、水兵服を着、顔をやや左向きにした人物が口にマドロスパイプをくわえ、錨を描いた左腕を胸に、手を上に掲げた右腕に力瘤を作り、両足を開き伸ばして立つた状態に表わされた文字と図形の結合からなる。

2  被告標章の構成は次のとおりである。

(一) 乙標章は、マフラーの一方隅部分に「POPEYE」の文字を横書きにしたものである。

(二) 丙標章は、マフラーにつけられた、いわゆる吊り札に、帽子をかぶり、水兵服を着、顔をやや左向きにして口を閉じた人物が口にマドロスパイプをくわえ、手を上げた右腕に力瘤を作つて得意顔で描かれ、その下部に右上り斜めに「POPEYE」の文字が横書きされた図形と文字からなる。

3  本件商標と乙、丙各標章とを対比する。

(一) 乙標章は、本件商標と次の点で異なる。

本件商標では人物の全体像が描かれているのに対し、乙標章では「POPEYE」の欧文字のみが表示されている。

(二) 乙標章は、本件商標と右のような相違点があるものの、「POPEYE」の欧文字が一致しているから外観・称呼・観念において類似する。

(三) 丙標章は、本件商標と次の点で異なる。

(1) 本件商標では、人物の全体像が描かれ顔の表情が明らかでないのに対し、丙標章では人物の上半身のみが描かれ、顔の表情も明らかに表示されている。

(2) 本件商標では、「POPEYE」の欧文字と「ポパイ」の片仮名が記載されているのに対し、丙標章では「POPEYE」の欧文字のみが記載されている。

(四) 丙標章は、本件商標と右のような相違点があるものの、人物が帽子をかぶり、水兵服を着、顔をやや左向きにし、口にマドロスパイプをくわえ、手を上にあげた右腕に力瘤を作つている点で共通しており、図形の姿態、顔の表情などの点からして図形について類似性が稀薄であるとしても、「POPEYE」の欧文字の表示において一致しており、両者は、外観・称呼・観念において類似している。

4  被告が被告標章を附して販売しているマフラーは、本件商標の指定商品に当たる。

四1  被告が被告標章を附して右商品を販売する行為は、原告の本件商標権を侵害するものであり、不法行為に当たる。

2  原告は、被告の右商品の販売によつて、次の損害を蒙つた。すなわち、被告は、被告商品を、単価二〇〇〇円で、昭和五六年度一万五〇〇〇枚、同五七年度二万枚を販売している。他方原告は、本件商標権を他の業者に五パーセントの使用料を徴収してその使用を許諾している。

したがつて被告は、原告に対し、右販売総額七〇〇〇万円の五パーセントである三五〇万円の使用料相当損害金の支払義務がある。

五  よつて原告は被告に対し、乙、丙各標章を附した被告商品の販売の差止め、損害金三五〇万円及びこれに対する不法行為の後であり、かつ、本訴状送達の日の翌日である昭和五八年一月一八日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三  請求原因に対する答弁〈省略〉

第四  被告の主張

一 乙、丙各標章を附した被告商品の販売は、商標の使用に該当せず、「THE THIMBLE THEATER」なるポパイのキャラクターを複製してこれを装飾的、意匠的に使用しているにすぎない。

本来商標は、商品の出所を表示すると共に同一商標を付された商品の品質の同等性を保証する作用を有するものであり、商標法は商標が有するかかる出所識別機能及び品質保証機能を保護することによつて商品の流通秩序を維持すると共に商標権者のグッドウイルを保護しようとするものである。

しかるに、被告が乙、丙各標章を用いているのは、一般消費者に広く親しまれている前記ポパイのキャラクターをマフラーに装飾的に付し、これを購入する消費者にポパイとの同化意識又は親近感を生じさせることによつて満足感を与えようとするためである。消費者としては右満足感を得ようと被告商品を買うのであつて、右各標章により被告商品の出所、品質を顧慮して購入するわけではない。

右のとおり、被告標章は商標に当たらないから本件商標権の効力は及ばない。

二  加えて、乙標章が商標として使用されているとしても、それは、商品の出所を表示するためではなく、消費者の視覚に訴えて購売意欲を喚起するために装飾的・意匠的に用いられているにすぎず、このような場合には、称呼・観念の類否に拘りなく視覚的に、すなわち外観が類似してはじめて類似していると言えるところ、乙標章は、本件商標中の重要部分特に人物像を欠くから外観上類似するとはいえない。

三  被告は、左記のとおり、乙、丙各標章を付した被告商品を、著作権者の承諾のもとに本件商標権に優先する正当な権限に基づいて複製している訴外株式会社コンセプトから仕入れて販売しているのであるから、その行為は本件商標権を侵害するものではない。すなわち、

1  訴外キング・フィーチャーズ・シンジケート・イン・コーポレーテッド(以下「キング・フィーチャーズ」という)は、次の著作物の米国における著作権者である。

登録番号 クラスK―五第三六三四五号

刊行年月日 昭和四年(一九二九年)一月一七日

内容 別紙目録(四)記載の「THE THIMBLE THEA-TER」

キング・フィーチャーズは、万国著作権条約によつて日本国内において内国民待遇を受ける。

2  訴外株式会社コンセプト(以下コンセプト社という)は、右著作物について複製許諾権限を有する訴外ザ・ハースト・コーポレーション(キング・フィーチャーズ・シンジケート・ディヴィジョン)から、昭和五六年四月六日、マフラーを含む雑貨品についてポパイの名称、姿態、図柄、役柄などの総体であるキャラクターを複製することの許諾を得た。

被告は、株式会社コンセプトが右許諾に基づいて製造した本件マフラーを仕入れて販売している。

3 乙標章は、単に「POPEYE」の文字のみからなるが、これも、次のとおり、「ポパイ」のキャラクターの一形態として著作物に当たるというのが相当である。すなわち、ポパイは、前記「THE THIMBLE THEATER」という連載物中に主人公として登載され、その正義感や痛快無比の腕力が人気の的となり、連載されるうちにポパイのキャラクターが形成されるに至つた。

そして、右連載物が我が国内に紹介されるや爆発的人気を呼び、一般人がポパイの名を見聞きすればその姿態を思い浮かべ、また逆にその姿態をみればポパイの名を思い浮かべるようになつたのであつて、このように図柄と文字と不可分一体となつている場合には、ポパイ又は「POPEYE」の名称は、そのキャラクターの一部として著作権の保護の対象となり得るというべきであり、これらの文字をマフラー等に使用することも著作物の複製に当たる。

4  右ポパイの著作権は、本件商標の出願日(昭和三三年六月二六日)前である昭和四年一月七日に発生したのであるから商標法二九条により本件商標権に優先し、原告の商標権の禁止権は、右著作権の複製権に基づき乙、丙各標章を付した被告商品の販売行為に及ばない。

四1  本件商標の登録は次のとおり無効であり、このように無効原因を有する商標権に基づく本訴請求は権利の濫用に当たる。

(一) 本件商標は、昭和四年に訴外エリジー・シー・シーガーが連載漫画にポパイを登場させ、その人気が高まつた後、昭和三三年にポパイのキャラクターに蓄積された著名性に只乗りするべく訴外松本善治によつて出願され、その後同人から原告が譲り受けたものである。

(二) 我が国内で著作権として保護を受けている他人の著作物を無断で使用することは著作権の違法な侵害に当たり不法行為を構成する。

(三) したがつて、本件商標の登録は、公序良俗に反する無効なものである(商標法四条一項七号、同法四六条一項)。このように、本来無効な商標権に基づいて、正当な権利に基づく行為の差止を求めることは権利の濫用に他ならない。

2(一)  原告は、現在単に「POPEYE」と表示した商標を使用してマフラーを製造販売しているところ、右販売行為によつて原告は自ら、コンセプト社に対しポパイのキャラクターの使用を許諾したキング・フィーチャーズの著作権を侵害している。

(二)  のみならず、原告の使用する「POPEYE」の書体は、文字に立体感を持たせるため、ハイライト(白抜き)を付した特殊の書体であるところ、これは、訴外平凡出版株式会社(以下「平凡出版」という)が訴外堀内誠一に委託料を支払い特にデザインして貰つたロゴタイプであり、原告は、右ロゴタイプをも平凡出版に無断で使用し、同社の著作権を侵害している。

このように、自ら他人の権利を侵害している原告が被告に対し、本件商標権に基づく権利行使をするのは権利の濫用に当たる。

第五  原告の認否と反論〈以下、省略〉

理由

一請求原因一(原告が本件商標権を有していること)、同二(被告が被告標章を付したマフラーを販売していること)、同三1(本件商標の構成)、同三2(被告標章の構成)、同三4(被告商品が本件商標の指定商品に当たること)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二原告は、乙、丙各標章がいずれも本件商標に類似し、被告商品が本件商標の指定商品に該当するから被告商品の販売は本件商標権を侵害すると主張し、これに対し、被告は、乙丙各標章を意匠的、装飾的に使用しているにすぎず商標としての使用に当たらないと主張するので、まず、乙、丙各標章の使用が商標としての使用に当たるか否かについて検討する。

1  乙標章がマフラーの一方隅部分に「POPEYE」の文字を横書きした構成のものであること、丙標章がマフラーにつけられた、いわゆる吊り札に、帽子・水兵服を着用した人物及びその下部に「POPEYE」の文字が斜め横書きにされた図形と文字からなること(その詳細は請求原因三2(二)記載のとおり)は当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すると、乙標章は別紙目録(七)、(八)に表示のとおり、被告商品のマスラーの一方隅部分に独特の装飾文字で「POPEYE」と横書きされているものであり、その書体だけをとり出せば、それはいわゆるロゴタイプ風の肉太な文字が順次右側の文字の一部が左側の文字の下方へ少しづつかくれる様な綴り体となつて独特の意匠的美感を有するものではあるが、それが付された商品たるマフラー全体との釣合において観察すると、少なくとも別紙目録(七)、(八)表示の態様のものにあつては、一方隅に小さく付されているために乙標章の有する右意匠的美感は必ずしも目立たず、マフラー全体の単一の色調にアクセントをつけるものとして機能するいわゆる「ワンポイントマーク」としても用いられていることが認められる。

ところで、このようにある標章がいわゆるワンポイントマークとして用いられることの意味についてみると、一般消費者に対して、その標章自体のもつ装飾的、意匠的な美感に訴える面があるのは無視できないけれども、右「ワンポイントマーク」が有する商品全体の単一的色調にアクセントをつける機能上、そこに注目した消費者の目を、次にはその標章の有する外観、呼称、観念に表わされるブランド機能にも引きつけ、そのブランドに対する品質面での信頼から、右標章の付された商品の選択をなさしめることに大きな期待を寄せているものと考えられる。そうすれば、いわゆる「ワンポイントマーク」の有する商標的機能は無視し得ないものというべく、本件乙標章も前掲別紙目録(七)、(八)の態様で用いられるときは、単に装飾的、意匠的な使用のみに止まらず、商品出所表示機能、品質保証機能を持たせた商標としての機能をも兼ね備えた形で使用されていると認めるのが相当である。

2  次に、前記のとおり丙標章は、いわゆる吊り札としてマフラーに使用されており、このように、吊り札に標章を付して商品の識別標識とすることは世上行われていることであるから、丙標章の使用が専ら商標としての使用に当たることは明らかである。

3  右のとおりであるから、乙丙標章が常に意匠的、装飾的に使用されているから本件商標権の効力が及ばないとの被告の主張は失当である。

三そこで乙、丙各標章が本件商標に類似するか否かにつき検討する。

前記当事者間に争いのない乙標章の構成と本件商標のそれとを対比する。

まず本件商標は、上部に描かれた「POPEYE」の文字、下部に描かれた「ポパイ」の文字及びその中間に配置された水兵帽・水兵服を着用した人物の図形(その詳細は、請求原因三1記載のとおり)の結合から成る商標であり、これらは一体となつて我が国はもとより世界中に知れわたつている漫画の主人公たるポパイなる人物を外観・称呼・観念のいずれにおいても表示しているとみることができる。

これに対して乙標章は、「POPEYE」を特殊な装飾文字で表わしたものであり、また丙標章は、その下部に表わされた「POPEYE」の文字が本件商標のそれと外形上若干異なり、図形においてもその姿勢が同一ではないが、乙丙各標章は本件商標とは「ポパイ」という称呼において一致し、ポパイなる人物を想起させるから観念においても一致するといえる。

四被告は、乙丙各標章の使用が著作権者により許諾されたポパイのキャラクターの複製権の行使に基づきなされたもので、右各標章を付した被告商品の販売には、商標法二九条により本件商標の禁止権の行使は及ばないと主張するので検討する。

1  商標法二九条は、「商標権者……は、指定商品についての登録商標の使用がその使用の態度により……その商標登録出願の日前に生じた他人の著作権と抵触するときは、指定商品のうち抵触する部分についてその態様により登録商標の使用をすることができない。」と規定しているところ、右規定は、商標権がその出願日前に成立した著作権と抵触する場合には商標権者が、その限りにおいて、商標としての使用ができないのみならず、右商標権の禁止権が当該著作権に及ばない旨すなわち、著作権者ないしその複製権者が当該著作物の複製行為として当該著作物の複製物を商標に使用する行為が自己の商標権と抵触してもこれが差止めを求め得ない趣旨の規定と解するのが相当である。

2  本件についてこれをみるに、〈証拠〉を総合すると、

(一)  キャラクターとは、漫画や小説などに登場する架空の人物、動物などの名称、姿態、役割を総合した人格とでもいうべきもので、昭和三〇年代におけるテレビの普及に伴いその人気番組のキャラクターの名称、姿態などを商品に現わすことによつて取引価値が格段に高められるところから、著作権者などが対価を取つてキャラクターの複製許諾をする商品化権許諾契約が広く行われており、この場合の許諾する側をライセンサーと称し、許諾を受ける側をライセンシーと称していること。

(二) 漫画の「ポパイ」は、エルジィー・クライスラー・シガーが一九一九年から「ニューヨーク・ジャーナル」に連載した漫画「THE THIMBLE THEATER」(別紙目録(四)記載のもの)に昭和四年(一九二九年)一月一七日初めて登場(その後ニューヨーク・イヴニング・スタンダードに移され)して連載されだすやたちまち読者の支持を得、連載のタイトルも「ポパイのシンブルシアター」と呼ばれ、作者もこの主人公に実在人物のような愛着を持つようになり、一九三二年、マックス・フライシャーの手により映画化(パラマウント映画)されるなどによつて、常にマドロスパイプをくわえ、ほうれんそうを食べると超人的な腕力を発揮して相手を打ち倒す片目の水夫「ポパイ」が一個性を持つた人物像として、我が国内を含む世界中の人々に親しまれ出した。そして、一九三八年に前記シンガーが死亡した後も、右「ポパイ」を主人公とする漫画作家がこれを承継し、一九七六年当時の「ポパイ」作家バット・サゲンドルフは三代目である。その間映画、テレビなどを通じて右「ポパイ」の人物像(キャラクター)は我国を含め全世界に定着している。

(三) キング・フィーチャーズは、右「THE THIMBLE THEATER」の著作権者であるところ、同社は、昭和五六(一九八一)年四月六日、訴外コンセプト社に対し、マフラーを含むスポーツ用品についてポパイ漫画のキャラクターを複製することを許諾し、被告は、右コンセプト社が右許諾に基づいて製造した被告商品を仕入れて販売している。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  被告は、キャラクターの複製物も原著作物の複製物として著作権により保護されると主張するところ、右で認定のとおり、キャラクターとは、原著作物中の人物などの名称、姿態、役割を総合した人格とでもいうべきものであつて、原著作物を通じ又は原著作物から流出して形成され、原著作物そのものからは独立して歩き出した抽象的概念であつて、それ自体は思想、感情を創作的に表現したものとしての著作物性を持ち得ないものといわざるを得ない。被告の主張は前認定のようにいわゆるキャラクター商品化権許諾契約が世上広く行われつつある実体に鑑み、キャラクターの商品化利用について原著作権者(及びライセンサー)側からの防護とライセンサー側からの利用権の実質的確保に資するためには、キャラクターの複製利用をも原著作物の複製にあたるものとして、著作権法上の保護を及ぼすべしとするもののようであるけれども、前示のとおり「キャラクター」は原著作物そのものではなく、むしろこれから離れて独り立ちをしている抽象概念であつて(従つてキャラクターの内包する愛玩的イメージと、これが登場する原著作物に表現される思想、感情とは常に直ちに一致するものではない)、その商品的利用を原著作権者の支配下に置こうとするキャラクター商品化権なる発想及びその運用それ自体はこれを否定し得べくもないとしても、そのことから直ちに、裁判所が現行著作権法の解釈上その立法的解決に先んじて、著作物概念を原著作物そのものの有形的表現枠を超えた領域にまで及ぼすことはたやすくなし得ないところである。

そうであれば、キャラクター商品化権許諾契約においてライセンシーに与えられたキャラクターの表現方法の内に原著作物の複製にあたる方法が含まれ、その限りにおいて右ライセンシーは原著作物の複製権をも有することはあり得ても、逆にライセンシーのするキャラクターの表現のすべてが原著作物の複製にあたると解すべき理由はなく、従つて前記商標二九条に基づく商標権者の禁止権も、明らかに原著作物の複製と認め得ないものにまでこれを及ぼすことはできない。

4  これを本件についてみると、まず乙標章は、「POPEYE」の文字のみからなるものであり、かかる著作物の題名や登場人物の名前は著作物から独立した著作物性を持ち得ないのであるから、右標章もまた著作物の複製とはいえず、したがつてキャラクター商品化権者といえども、これにつき商標法二九条を援用することはできない。

次に丙標章における図形と被告が原著作物と主張する「THE THIMBLE THEATER」の漫画(別紙目録(四)記載のもの)とを対比すると、いずれもマドロスパイプをくわえた腕の極端に太い、水兵服を着て帽子をかぶつた片目の水夫が描かれており、前者は、にくらし気な顔付きをしているのに比べ後者は大人し気な顔付きである点に相違はあるものの、丙標章における図形が右漫画に登場した想像上の人物である「ポパイ」を表わしていることは一見して明らかである。

しかして、原著作物がこのような漫画などのいわゆるファンシフル・キャラクターの場合は、その原著作権者又はこれから複製権若しくはそのキャラクター商品化権を得た者が、このように、その図形が原著作物における人物・動物などの特徴を備え、一見して両者が同一人の人物・動物を表現したとみられる場合にも、これをなお原著作物の複製行為に含まれるものと解するのが相当である。

蓋し、前述のとおりいわゆるキャラクター商品化権許諾契約の対象としての「キャラクター」なるものは原著作物から分離した概念ではあるものの、原著作物が人物・(動)物などの視覚的画像である場合は、原著作者は、その人(動)物像の図柄に、その人(動)物の性格・特徴を内包させるべくこれを書き込んでいるのであるから、右図柄の持つ著作物性は、その図柄の表わす固定的表現のみに止まらず、その人(動)物像といつたものの表現にも及んでいるものとみるのが相当であり、少なくとも原著作権者又はこれら複製権若しくはそのキャラクター商品化権を得た者が、右人(動)物像を視覚的に表出する行為も原著作物の複製行為に含ましめて、前記商標法二九条の保護範囲に納め得るものと解すべきである。

よつて、丙標章における図形が前記のように原著作物に登場した「ポパイ」と同一人物を表わしていると認め得る以上、右原著作物における「ポパイ」の複製にあたるということができる。

次に丙標章中「POPEYE」の文字部分についてみると、右ポパイ名称自体に著作物性のないことは前述のとおりであるけれども、前示ファンシフル・キャラクターの名称が、その姿態(図形)に付随して不可分一体をなして漫画の人物などの名称を説明的に記述したものとみられる場合にまで、文字部分を禁止権行使の対象とすることは、本来著作物としての保護を受ける図形の部分についてまで禁止権を及ぼさしめる結果を招来することになり、著しく妥当を欠く。したがつて、このような場合には、右文字部分には、右禁止権が及ばないと解すべきところ、丙標章における「POPEYE」の文字は、右図形に付随し、それと一体をなして図形を説明しているとみられるから、丙標章は全体として、本件商標権に基づく禁止権の行使を受けないものというべきである。

5 ところで本件において、漫画「ポパイ」のキャラクターの原著作権者であるキング・フィーチャーズから許諾されているライセンシーは、コンセプト社であり、被告は、同社の製造にかかる被告商品を買受けた者で直接著作権者から複製許諾を受けたものではないけれども、前記キング・フィーチャーズの有する著作権を援用して本件商標権の禁止権の効力を否定しうると解すべきである。蓋し、キャラクターの複製許諾は、これに必要な限度における原著作物の複製許諾をも含むと解されるから、右キング・フィーチャーズから右「ポパイ」キャラクターの複製権を与えられたコンセプト社が被告商品に丙標章を付して販売する行為について商標法二九条によつて本件商標権の禁止権が及ばないと解されるところ、右法条が同社から右商品を譲り受けた者の再譲渡行為をも許容する趣旨に解しないと、商標権に先行する著作権の複製権は無意味に帰し、先行著作権に優先的地位を与えることにより商標権との調整をはかつた右法意にもとる結果となるからである。

五右のとおりであるから、丙標章に対しては、商標法二九条により本件商標権の効力は及ばないものの、原告は乙標章を別紙(七)、(八)の態様で使用したマフラーについては本件商標権に基づき差止請求権を有するというべきところ、被告は、本件商標権の行使が権利濫用であると主張するので検討する。

1  まず、商標権の無効をその根拠とする点については、およそ商標権の付与・無効等の処分は特許庁の専権に属するところであつて、いつたん特許庁がその専権に基づきある商標に商標権を付与した以上、それが商標法所定の無効審判手続(及びこれに続く行政訴訟)で無効にすべき旨の審決がなされ、その審決が確定しない限り、侵害訴訟裁判所はこれを無効とすることはできず、従つてまた主張される無効原因の存在を前提として禁止権の行使が権利濫用であるとして訴えを断じ、無効審決の確定を待たずして権利の絶対的失効を結果させることも、特段の事情のない限り許されないというべきである。

本件において右無効審決のなされたことの主張・立証はなく、被告の主張(同四1(一)ないし(三))は結局のところ本件商標登録が公序良俗に反し無効であることをいうに止り右特段の事情にも当らないから失当に帰する。

2  また被告は、本件商標権の行使が権利濫用に当たる一根拠として、原告が「POPEYE」の文字商標を使用してマフラーを製造販売することによりキング・フィーチャーズの著作権を侵害している旨主張する(被告の主張四2(一))ところ、右文字が著作物といえないことは前記説示のとおりであり、更に被告は、原告の使用するポパイの書体が訴外平凡出版の有する著作権を侵害する旨主張するけれども、文字の書体は、一般に専ら美の表現のみを目的とする純粋美術の作品とはいえず、また、通常美術鑑賞の対象とされるものでもないので、著作権の対象となり得ないと解されるから、これらの主張は、いずれも採用の限りでない。

六以上説示のとおりであつて、被告は、乙標章を別紙目録(七)、(八)の態様で使用したマフラーを販売することにより原告の本件商標権を侵害したということができる。

(原告は、本訴において、「POPEYE」の文字を使用した乙標章を付したマフラーの販売禁止を求めているけれども、被告商品における乙標章の使用の態様は、前記認定のとおり、別紙目録(七)、(八)表示のとおりであり、右標章をマフラーに大きく表示するような意匠的使用の場合には、商標権の禁止権は及ばないと解されるから、右目録(七)、(八)に表示のものに限つて販売の禁止を求めうるのが相当である。)

被告による右侵害行為が不法行為法上の違法行為であることはいうまでもなく、右違法行為は、過失によつてなされたものと推定される(商標法三九条、特許法一〇三条)。

したがつて、被告は原告に対し、右不法行為によつて原告の蒙つた後記損害を賠償する義務がある。

七そこで原告の主張する損害額について検討する。

1  〈証拠〉を総合すると、被告商品の販売単価は二〇〇〇円で、販売数量は、昭和五六年度が約一万五〇〇〇枚、同五七年度が約二万枚であることが認められる。

2  〈証拠〉によれば、

(一)  原告は、訴外株式会社松寺に対し、昭和五七年五月三一日から同五八年五月三〇日までの間本件商標権につき通常実施権を設定し、その対価として右訴外人は三〇〇万円を支払う旨約している。

(二)  右対価は、右訴外会社から、マフラーの販売数量が年間三万三〇〇〇枚、販売単価が一枚一八〇〇円なので、実施料率五パーセントで右商標権を貸して欲しいとの依頼を受け、これに基づき算出された。

(三)  原告は、訴外株式会社テスコノに、昭和四七年頃、販売価額の一パーセントの実施料の約定で、本件商標の使用を許諾している。

(四)  原告は、訴外松本善治が昭和二九年頃から使用していた別紙目録(五)、(六)記載の商標を、本件商標の譲り受けと同時に譲り受け現在まで使用しているが、本件商標そのものを使用した形跡はない。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右で認定した本件商標の使用の実情、原告が第三者に本件商標を貸与した際の実施料率などに照らすと、本件商標権の相当実施料率としては被告の販売価額の二パーセントをもつて相当とする。

2 そうすると、原告が被告に対し請求しうる実施料相当の損害金は、右販売数量合計三万五〇〇〇枚に単価二〇〇〇円を乗じたうえ、更に右実施料率0.02を乗じて得られる一四〇万円ということになる。

八以上のとおり、原告の本訴請求は、乙標章を別紙目録(七)、(八)に表示の態様で使用したマフラーの販売禁止、並びに、被告に対し、損害金一四〇万円及びこれに対する不法行為の後であり、本訴状送達の日の翌日である昭和五八年一月一八日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却する。

(潮久郎 鎌田義勝 徳永幸藏)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例